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ちがいが、バリアではなく、魅力になる社会づくり

  • 菊池信孝さん

    菊池信孝さん

    特定非営利活動法人インターナショクナル代表

    きくち・のぶたか/世の中には、さまざまな理由から食べられない食材があるために、自由に食事を楽しめない人がいることに気づく。大学2年時の学園祭で、原材料表示ポスターを作ったところ、その必要性を確信。以来、社会起業家を目指す若者のためのビジネスプランコンペに出場するなどを通して、NPO法人インターナショクナルを設立。代表を務め、多文化共生社会の実現を目指す。

    取材日
    2010年11月24日

    update: 11-04-27

 

なぜボランティアだけではダメなのか?

 

その活動を仕事にしようと思ったのはなぜですか?

学園祭で、原材料の表示が必要と分かってから、「edge2007」という、社会起業家を目指す若者のためのビジネスプラン・コンペに応募しました。ただ、私はこれを、ボランティアのアイデアを競うものと勘違いしていました。無償のボランティアをベースにした活動を考えていたし、起業する必要があるとは思いませんでした。とんだ勘違い野郎でしたね(笑)

 

だから、準決勝に出場した時は、ここで落ちてすぐ帰ろうなんて思っていました。しかし、審査員から、私のアイデアが「今までなかったけど、必要だよね」と言われます。その後の懇親会で、審査員の一人に、ボランティアでやるのがなぜだめなのかを聞きました。すると、「ボランティアでやるということは、お前がいなくなった時、次に取り組む奴が現れるとは限らない。また、それだけに時間と労力を費やしていては、妻子を養っていけない。そんな奴が社会を幸せにできるか?」、と言われました。

 

正直、少しイラッとしましたが、逆に「やったるわ」という気概が生まれましたね。これをきっかけに、起業の方向で決勝のファイナルに向けて、大きくプロジェクトを展開していきました。

 

企業からNPOへ

 

企業に勤めることになった経緯を教えてください。

 

edge2007の最終選考であるファイナルの結果、賞をもらい、社会に求められているという実感を得る一方で、起業しなければというプレッシャーを感じていました。すると、edgeのメンター(助言者)の一人に、「そんなに焦る必要はない」というアドバイスをもらいました。その頃、活動を通して出会った人びとの影響から、広告業界に興味を抱いていました。そこで、NPO活動をしながら、2~3年働かせてもらえる会社を探しました。結果、ある広告代理店で働かせてもらえることになったのです。

 

企業を辞めて、NPOへ専念したきっかけはなんですか?


広告代理店では、広告の飛び込み営業や、企業の社会的責任(CSR)を意識した広告の企画提案をしていました。仕事が面白すぎて、日中に仕事、夜中にインターナショクナルの活動をしていました。1日の睡眠時間は平均2時間ほどになり、気が付けば、ボランティア仲間も離れていきました。そんな生活をして倒れたこともあって、自分の仕事、活動について考えました。

 

仕事は楽しいし、会社を通して少しは社会にも貢献できている。だけど、自分の活動は、もう自分がやる以外にない。当初の予定とは異なり、1年あまりで退職し、活動に専念することにしました。

 

周囲からはどんな反応がありましたか?

 

開発された食材ピクトグラム

会社の人は理解し、応援してくれました。今でも事務所スペースを提供してもらったり、逆に仕事を発注させてもらうこともあります。営業で培った度胸や、メッセージの出し方、プラン作りなど、たくさんのことを学ばせてもらいました。

 

友人らは、NPOで活動していた人もいましたので、理解を示してくれました。ただ、家族からは、反対されたし、わけのわからない仕事をしていると思われていました。実家に帰るたび、地方公務員の両親は「公務員試験を受けろ」とか「せめて民間企業に」なんて言ってきます。今では、もう諦めたみたいですけどね。私も、説明するよりも、きちんと生活できている姿を見せる方が、てっとり早いと思っています。

 

ボランティアサークルを立ち上げた仲... »