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新たな発想との出会い—やりたいことをやれる環境を求めて

  • 松浦宏樹さん

    松浦宏樹さん(NPOスタッフ1年目:取材当時)

    特定非営利活動法人み・らいず
    株式会社と・らいず 主任ヘルパー

    まつうら・ひろき/大学では社会福祉学部に通い、在学中に様々なボランティアや、「オープンカレッジ」の活動を経験。4回生の時、現在所属するみ・らいずの夏のキャンプに参加し、その活動に衝撃を受け、考え方に共感。内定を得ていた医療法人への就職をやめ、大学卒業後、み・らいずで働くことを決意。2007年4月より就職し、現在、み・らいず関連会社のと・らいずで介助者派遣の主任ヘルパーを務める。

    取材日
    2008年1月30日

    update: 08-05-10

主任ヘルパーとして介助者派遣をコーディネート

はじめに、松浦さんの具体的なお仕事内容について教えてください。

現在、NPO法人み・らいずの障がい者支援事業、(株)と・らいずで介助者派遣の主任ヘルパーを担当しています。主にはヘルパーと利用者さんの外出支援と居宅支援に関するマッチングです。具体的には、障がいをもつ人が外出する時、どのヘルパーとどこへ行き、何をしたらいいかを考えるといったコーディネートです。自分自身も介助に出て、利用者さんに必要な支援を考えます。またこの冬からはヘルパー講座も担当し、企画、運営を行っています。

 

その他には、出身校である大阪府立大学のボランティアセンター立ち上げに関するアドバイスなども行っています。

 

多岐にわたって関わっているので、仕事をこれと特定するのが難しいですね。

 

一人で飛べないなら、一緒に飛ぶ! 夏キャンプでのなわとび

松浦さんが初めてボランティア活動に関わったのはいつ頃でしょうか。

大阪府立大学では社会福祉学部に通っていました。そこで何かボランティアの一つでも経験しないと…という周りの風潮があり、脳性マヒを持った方の宿泊介助や児童養護施設の子どもたちの学習支援等のボランティア活動に参加しました。また、「オープンカレッジ」という活動にも参加していました。現在、知的障がいをもつ人は、多くの場合、養護学校を卒業後、学ぶ機会がないというのが現状です。そんな学習の機会の少ない知的障がいをもつ人を大学に招き、講義を受けてもらうというのがこのオープンカレッジです。この活動は、福祉と教育の二つがかさなる分野に興味を持つきっかけになりました。

 

現在の所属であるみ・らいずにはどのようなきっかけで出会ったのでしょうか?

キャンプでの一コマ(大学4年)

大学四回生の頃、ボランティア活動を通じて知り合った当時の先輩に誘われて、み・らいずが実施している夏キャンプに参加したのがきっかけです。キャンプ説明会に行ってみると、いつの間にか自分は夏キャンプでのピザ作り担当になっていました。実際にキャンプの場所へ行ってみると、全然バリアフリーな場所じゃないんですね。バリアありありの場所で、凸凹みちの中、車いすをおす…というようなものでした。そこで経験した遊びもまた驚くものでした。車いすにのった男の子と、なわとびをして遊ぼうとするんです。けど、もちろん飛べないですよね?「で、どうすんねん」と思っていたらみ・らいず代表の河内から「お前が抱きかかえて飛ぶんや!」、と言われました。まぁ実際に飛べたんです。その子を抱き抱えて、2〜3回飛びました。彼の感想には…いちばん大変だったことが「なわとび」、けど、一番楽しかったことも「なわとび」だったんです。今まで学んできた福祉は、その子に合った遊びを考える、でした。ただここは、なわとびというおもしろい遊びにその子をひきこんでいく。学生も一生懸命になって取り組んでいるんです。自分にない新しい発想で…すごいって思いました。こういった考え方や、ミッションに共感して、その夏はみ・らいずのキャンプに数回続けて参加するようになりました。

 

悩んだ1週間、決心した時

そのような体験の中で、み・らいずへの就職を考えるようになったのですか?

いえ、その時点ではまだ就職とは結びついていませんでした。その頃、医療法人での内定も出ていましたし、教職への就職活動も続けていました。

 

給与のこともありますし、その頃はまだNPOを仕事にするという考えは毛頭なく、自分には無理だと思っていました。

 

では、いつごろ、今のみ・らいずへの就職を決めたのでしょうか。

4回生の秋頃に開催した、ハロウィンパーティーの打ち上げで代表の河内に声をかけられたんです。「お前は医療法人にいって何をしたいんや。み・らいずに就職しないか」と。このときは本気にしませんでした。一気に収入は半分近くになりますしね。ぼくには無理だと思っていました。たたみかけるように河内に「返事は1週間待つから。それで断るなら、この話はもうなしだ」と言われ、気持ちがぐらつきました。

 

いつか自分で団体を立ち上げ、まちづくりや社会教育といったテーマで何かやりたいな…とはなんとなく思っていたんです。み・らいずならやりたいことをやらせてもらえるので、そこへの近道になるんではないかと思いはじめました。

 

けど給料のこともあるし…悩みに悩んで、行きつけの神社にお参りに行きました。そこで、コイントスをして、表が出れば医療法人、裏が出ればみ・らいずと心に決めました。投げてみると…「裏」だったんです!もう一度投げなおそうかと思いました…(笑)。ですが、どのような結果が出ても後悔はしないでおこう、というのは決めていました。ちょうどタイミングよく医療法人から内定返答の催促の電話がきたので、これはもう縁だと思い、その場で断り、そのまま代表の河内に「み・らいずに決めます」と電話をしました。

 

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